奈良県斑鳩町の法隆寺・金堂(国宝)内にある日本最古の四天王立像(同、7世紀中ごろ)のうち、広目天像を奈良国立博物館(奈良市)が赤外線撮影したところ、眉やひげなどの墨線がくっきりと浮かび上がった。
彩色の風化や剥落(はくらく)で無表情のように見えていたが、きりりとした武人の顔をしていた。表情の特徴などから当時の中国の武人を模した可能性もある。
広目天像は高さ約1.33メートル。細い眉は険しくつりあがり、目を大きく見開く。口元とあごには、ねじれの利いたひげがあった。ひげをたくわえた姿は中国・秦始皇帝陵の兵馬俑(へいばよう)などに見られる武官像によく似ている。
それでは、リンク問題です!
Q 法隆寺は、何時代に作られたの?
A 弥生時代
B 飛鳥時代
C 奈良時代
D 平安時代
答えは、Bの『飛鳥時代』です。
法隆寺HPより
法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られています。
その創建の由来は、「金堂」の東の間に安置されている「薬師如来像」の光背銘や『法隆寺伽藍縁起并流記資財帳』(747)の縁起文によって知ることができます。
それによりますと、用明天皇が自らのご病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを誓願されましたが、その実現をみないままに崩御されたといいます。
そこで推古天皇と聖徳太子が用明天皇のご遺願を継いで、推古15年(607)に寺とその本尊「薬師如来」を造られたのがこの法隆寺(斑鳩寺とも呼ばれています)であると伝えています。
表情があるのですね。

