豊臣秀吉や徳川家康に仕えた戦国武将・藤堂高虎が、津市に入府して今年で400年。
高虎にちなんだ「ゆるキャラ」を登場させるなどイベントが目白押しだ。
人口約29万人の地味な市にとって「一つの節目としてチャンス」(松田直久市長)と街の活性化に取り組む。だが、高虎の知名度はいま一つだ。
今月11〜12日、津まつりが開かれた。ふだんは人通りもまばらな津城周辺に、2日間で延べ約39万人が訪れた。
それでは、リンク問題です!
Q 津市がある県は?
A 大分県
B 滋賀県
C 愛知県
D 三重県
答えは、Dの『三重県』です。
津市HPより
藤堂高虎は、弘治2年(1556)近江国犬上郡藤堂村(のち在士村・現在の滋賀県犬上郡甲良町)に生まれました。
元亀元年(1570)15才の時、浅井氏に仕え姉川の戦いで初陣し、その後豊臣秀吉の弟秀長に仕え各地を転戦し、文禄元年(1592)に紀伊国粉河(和歌山県那賀郡粉河町)で1万石を与えられはじめて 大名となりました。
その後、秀吉の下で2度の朝鮮出兵に参加し、その間伊予国板島 (現在の愛媛県宇和島市)7万石をもらい、秀吉直属の大名となりました。
秀吉の死後は徳川家康と親しくし、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは大いに奮戦し、伊予国今治(愛媛県今治市)20万石の大名までになりました。築城の名手といわれた高虎は、家康の命により膳所城・丹波亀山城・江戸城・丹波篠山城など数多くの築城や修築を行いました。
そして家康の信頼の厚い高虎は53才の時、慶長13年(1608)に伊予今治から伊賀国・伊勢国に転封となって津・伊賀上野城主となり、外様大名ながら大坂方をにらむ要衝の地におかれました。
大坂冬の陣、夏の陣では先鋒として戦い、元和2年(1616)に27万3千石余となり、家康の死後は日光東照宮の造営にあたり、元和3年には32万3千石余の大名となり、全国の百分の一にあたる藩領を手に入れました。
戦国を駆け抜けて立身出世した高虎は、老後にあっても自国にいるひまもなく東奔西走していましたが、さすがに病気には勝てず寛永7年(1630)10月5日、江戸の藤堂藩邸でその生涯を終えました。
最近、色んなキャラクターが登場していますね。

