明治時代に長崎市の外国人居留地で作られたサイダーを地元の酒卸業者が復活させた。
日露戦争中に「バンザイサイダー」の名で売り出され、外国船の寄港が激減した第1次大戦直後に姿を消していた。関係者は「商品を通じて、長崎の歴史に目を向けてもらいたい」という。
それでは、リンク問題です!
Q 日露戦争の講和条約を何と言う?
A 下関条約
B 南京条約
C ポーツマス条約
D ベルサイユ条約
ファイナルアンサー?
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答えは、Cの『ポーツマス条約』です。
独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センター:日露戦争特別展より
日露戦争とは、明治37年(1904年)2月の開戦から翌明治38年(1 905年)8月のポーツマス講和会議までの18ヶ月にわたり、日本とロシアとの間で戦われた戦争を言います。
明治37年(1904年)2月4日に緊急御前会議においてロシアとの国交 断絶と開戦とを決定した日本は、8日にはロシア艦隊と初めて交戦を行いました。
そして、9日には 「露国に対する宣戦の詔勅」 が出され、ロシアとの戦争が本格的に開始されました。 なお、「詔勅」とは、天皇が意志を表示する文書のことを指します。
戦争が長引くと、日本は軍事的には勝利を収めていたものの国力は著しく消 耗し、また一方のロシアでも国内で革命がおこり、両国ともに戦争の継続が困難な状況となりました。
そこで、アメリカのセオドア・ローズベルト大統領の斡旋によりポーツマス講和会議が開かれました。 1か月に及ぶ交渉の結果、明治38年(19 05年)9月5日、日露講和条約が署名され、10月16日に批准し、11月25日ワシントンにおいて批准書が交換されました。
・下関条約→日清戦争
・南京条約→アヘン戦争
・ベルサイユ条約→第一次世界大戦
バンザイサイダーは、どんな味なんだろう?

