文部科学省は28日、年度内の改訂を目指している学習指導要領で、高校での世界史を引き続き必修科目とする案を、中央教育審議会(文科相の諮問機関)の高校部会に示した。
昨秋発覚した必修科目の履修漏れ問題で、実際に教えていない高校が続出した科目だが、同省は「現行の定めは合理的」としている。
一方、審議する委員からは様々な意見が出て、この日はまとまらなかった。
文科省案では、世界史を必修として残しつつ、日本史や地理との関連をいっそう重視する視点から見直す方針だ。改訂指導要領は早ければ11年春から施行される。
それでは、リンク問題です!
Q 東西ドイツが統一したのはいつ?
A 1970年10月3日
B 1980年10月3日
C 1990年10月3日
D 2000年10月3日
ファイナルアンサー?
スポンサードリンク
答えは、Cの『1990年10月3日』です。
経済産業省HPより
1990年10月3日、東西両ドイツは第2次世界大戦後、41年にわたる国家、民族の分断の歴史に終止符を打ち、統一ドイツが誕生した。
ドイツ統一は、米ソ連の協調の進展、東欧諸国の民主化等による東西間の緊張緩和という新たな流れのなかで達成された。
以下、統一までのプロセスをふりかえることとする。
ソ連のベレストロイカを背景に89年に急速に進展した東欧諸国の自由化、民主化の動きは東ドイツにも及び、自由を求めて大量の東ドイツ国民がハンガリー等を経由して西ドイツに脱出するとともに、東ドイツ国内でも大規模な民主化要求デモが相次ぎ、89年11月には東ドイツ国民の出国が自由化され、東西分断の象徴とも言うべき「ベルリンの壁」が崩壊した。
その後も、東ドイツ国民の流出は続き、西ドイツ経済には住宅不足、財政負担増大等の影響が生じた。
このようななかで、西ドイツとの通貨同盟が具体的なものとなり、90年5月には「通貨・経済・社会同盟創設に関する国家条約」が調印された。
同条約では、東ドイツの経済主権の放棄と市場経済への完全移行、西ドイツの主導による金融・財政政策の運営等が定められ、7月1日の同条約発効とともに、東西両ドイツの経済統一が達成された。
通貨同盟発足後、東ドイツ経済は西側からの良質な商品の流入等によって急速に悪化した。
東西両ドイツの政治統合への動きは加速され、8月31日、「両ドイツ統一条約」が調印され、ボン基本法第23条による東ドイツの西ドイツヘの編入という形で10月3日、統一ドイツが成立した。
グローバル化の時代ですから、世界の歴史を知ることは大切なのでは?

